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「 アマチュア無線との出会い 」

1971年頃
私のアマチュア無線との出会いは小学校6年生、2歳年上の兄とアマチュア無線をやっている兄の友達の家に遊びに行った時です。 無線機から聞こえてきた(たぶん7MHz A3)混信ぎみの交信の声に衝撃を受けました。 その瞬間、「これはやってみたい!」と思い、どうしたらできるのか聞いたところ、JARL発行の「電信級・電話級アマチュア無線技士用初級アマチュア無線教科書」を持ってきて、これを勉強して国家試験に合格、免許を取らなければならないとのこと。 電気や工作には興味はありましたが、小学校6年生にとって真空管回路や無線機のしくみが書かれたこの教科書の内容はとても難しすぎて、すぐに免許を取るというわけにはいきませんでした。
教科書写真

1972年~
 次のアマチュア無線との出会いは中学校に進学した時、兄と同じ公立中学に進んだので、当然兄の友達に会えるわけですが、兄の友達は3年生で“物理・化学部”の部長をしていてましたので、なんとなくそこに入部したわけです。 部には無線機は無く、クラブ局も無かったのですが、文化祭になると部長がどこからか(おそらく市内のアマチュア無線専門ショップから)144MHzのトランシーバーを借りてきて公開運用をしていました。
 この頃、7エリアに住んでおり、部長は“JA7・・・”のコールサインをもっていましたが、そろそろ“JH7”のフリフィックスが割り当てれるるのではないかという話が部内で話題になり、ちょっとガッカリした憶えがあります。
 私は免許がなかったので、当然、運用できず、交信する姿を羨ましそうにみているだけでした。 また、私は家にあった短波帯の聴けるSONYのトランジスターでBCLの真似ごとをやったり、簡単な電子工作をしていました。

下の写真は、この頃熱心に買って読んでいた雑誌「 初歩のラジオ 」です。

初歩のラジオPlus_convert_20141102081409

1974年頃
 アマチュア無線の免許を本格的に思ったのは中学2年の後半ですが、勉強を始めたころに父親の仕事の都合で東京に引越し、転校することになりました。 時期は私が3年に進級する直前の春休みでした。 それならば、春休みに東京で4月期電話級アマチュア無線技士国家試験を受けようと勉強したのですが、結局、努力のかいもなく?“不合格”となりました。 中学3年生になってましたので、高校に進学するまでアマチュア無線免許取得はおあずけとなってしまいました。

 この後の従事者免許取得(アマチュア無線技士国家試験)については、《 アマチュア無線年表 》をご覧ください。

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プロフィール

JI1NNE

Author:JI1NNE
自己紹介

1975年に電話級アマチュア無線技士従事者免許を取得、高校クラブ局を経てアマチュア無線局
『 JI1NNE 』 開局
・第一級アマチュア無線技士
・日本アマチュア無線連盟
 (JARL)終身会員

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